幼少期、育つ過程というのは誰にでもあり影響されるものも多岐にわたる。
私の世代、私の幼少期は「左を向けば皆が左」「右を向けば皆が右」
そんな時代だったと思う。
サブカルチャー的なものもそうだ。ゲームやマンガやロックなんかも世間には「新規の得体の知れないもの」として親世代には嫌悪され、同世代には共通言語として機能していた。
そんな時代の空気感を今の世代に伝えるのは難しい。
「ドラゴンクエストをクラスの男子ほぼ100%プレイしていた」
「ドラゴンボールを読んだことのある男子100%」
「アラレちゃんを知らない日本の子供は皆無」
これで伝わるだろうか?
今の時代では難しいと思うのですが、どうだろうか?
インターネットで色々な情報が乱立する世の中では一つのものに国民が向かうことは中々難しいと思う。
あの時代、テレビとラジオそして口伝で伝わる情報が大多数を締めていた世代
その時代に上に挙げた「ドラゴンクエスト」「ドラゴンボール」「Dr.スランプ」を全て書きあげた人、鳥山明が亡くなりました。
私はあの時代の中で日常に週刊少年ジャンプがあり、ファミコンが家にある。
そんな環境でしたから当然の如く読んでいますし、ドラクエもプレイもしています。
しかし私は少年サンデー買ってました!(未だにサンデー寄り)
そんなこんなで「ドラゴンボールと戦ったサンデーの作者達」というのを書いても良いかなと思い、筆を取ったわけですが、そんな罰当たりなことを書いても誰も読まんなと思い、思いとどまっている今日この頃なのですが、これならイケるのではないかな?と思うテーマというか、一言でドラゴンボールVSサンデーマンガを言い表すと・・・
ドラゴンボールはマンガ内でガンガン動いていたけど、サンデーのマンガはどれも静止していた。
ドラゴンボールが特殊なだけでマンガなんて紙に書いているんだから止まってて当たり前なんです。ただドラゴンボールは作品内で躍動的に動いていた。
かめはめ波の風圧が伝わっていたし攻撃→防御がまるで動画を見るように動いていた。
伝わるかしら・・・
本を読むとは読者に一定のストレスを与えるんです。
今の時代を考えればわかります。動画を見ると本を読むのを比べるとわかります。
どう考えたって動画の方が楽なんです。
読まなくったって伝わってくるから楽なんです。
だから世の中は「本のように手元で動画が見られる」方に流れるのは必然なのです。
週刊誌に載っていたドラゴンボールって動画に近いんですよ。
いやいやいや
わかります。同意してもらわなくてもいい。
ただ同世代ならわかるはず。
ジャンプを購入して「JOJOを読む時間」と「ドラゴンボールを読む時間」
明らかに違ったでしょ?
ドラゴンボールは一瞬で終わりませんでした?
絵が~とか、文字数が~とか、内容が~とか
そういう小難しい話したいんじゃ無いんです。
「ジャンプをその当時購入していた人はドラゴンボールをショート動画のように読んでたよね?」
それって物凄い技術だと思いませんか?
下手したら四コママンガより早く読んでたんですよドラゴンボール。
そんな技術というか作品を生み出せる人、そして許される人は世界広しと言えど鳥山明だけでした。
心よりご冥福をお祈りします。
こうなって復活しないかなぁ。